「今夜も吐いたらどうしよう」
20代後半の頃から、夕食をとって約6時間経つと、胃痛で目覚めるという日が何度もありました。
そのせいで、一日の終わりが怖かったです。いつ、何を食べたら痛くなるのかが分かりませんでしたから。
母はそんな私を心配し、食事療法を学びに行ってくれたり、自分なりに調べたりしてご飯を用意してくれました。
母の気遣いが込められた料理は安心して食べられましたが、だからと言って胃痛に襲われないとは限りません。
一度、やわらかめに茹でてくれたソバで胃痛を起こしたときは、「こんなものででも?」とショックでした。
胃痛をどう治していたかというと、無理矢理指を突っ込んで、吐く。胃が空になるまで。
私の人差し指と中指の付け根には、いつも前歯の跡がありました。
胃痛に悩まされながら激務をこなしていた7年目のある日、突然手が震え出したと思ったら、体が言うことをきかなくなり、退職。その後のただ時間だけが流れていく毎日は、“社会からの落第者”を彷彿とさせました。
何とかして復帰への糸口をつかみたいと、自己啓発本、心理学に関する本、スピリチュアル系の本を何冊も購入し、1年間読み続けました。
でも、その頃の私は超ネガティブ思考で、著者と自分を比較して、「どうせ私はあなたのようにはなれません」と自己完結したり、ファッション雑誌を見ても、地味でダサイ私は、お店を遠くから眺めるので精一杯「どうせ私なんて、オシャレで美しい世界はふさわしくありませんので」と思ってしまう始末。
すでに家にあった本、新たに買った本、あわせて3ケタになりそうなころ急に心が冷め、学生時代からコツコツ集めてきたそれらの本をヒモで縛り、考え直してほどいて●OOK●OFFに持って行き、懐を温めました。
思い返すと、本を読んでいて浮かんだ感情は「もともと能力が高い人に言われても」。
勉強もできないし、社会のはみ出し者の私には、あなたたちの言葉はうさん臭い。私に対して発せられた言葉ではなく、あくまでも万人向けなんだし。私がいる場所にその声は届かない。
「どうせ私なんて、しょせん底辺族。一流の使い捨て要員です」・・・
当時思ったことを書き上げてみたら、呆れるほど批判根性満載。だからあれだけ読んだ本の内容を全く覚えていないのです。
手放した本の内容が腑に落ち始めたきっかけは、知人の紹介でルポマルディに出会い、神田さんの施術を受けるようになってからです。神田さんは、デトックスの施術中にまるで読み聞かせのように自分が経験してきた様々な話をしてくれます。それを何度も聞いてきたせいか、この頃、ふと本で読んだ内容を思い出すようになりました。
つまり、やっと7年前に読んだ本の内容が、腑に落ち始めたのです。つくづく反省しました。結局、私に著者の真意を読み取れる力が足りないのを、人のせいにしていただけなので。お恥ずかしい。
ちなみに胃痛は、調子に乗って食べ過ぎたときにしか起こらなくなりました。
病院で精密検査をしてもらっても、原因不明で漠然としたアドバイスしかもらえず、栄養失調になってしまったほどだったのに。これも、神田さんが“正しい努力の仕方”を教えてくれ、“安心感を与えてくれた”おかげです。
しかしルポマルディを訪れた頃の私は初めから神田さんを信用していた訳ではありません。ヒプノセラピーを2回続けた後、神田さんのすすめでデトックスに切り替えたときも、言われた通りにしたのは、ただ単に「何を信じればいいかが分からなくなっていた」からで不信感を抱きながら施術を受けていたのを思い出します。
そんな私でしたが、神田さんの熱く、火傷しそうなほどの真剣なまなざしと、慈悲的な思いに触れていくうちに心の氷が少しづつ溶けはじめ、通い始めて4年目にしてやっと「お金だけが目的の人ではない」と痛感し、「信じてもいい人なのかな」と思えるようになりました。
神田さんのアドバイスと施術を受けるようになって6年目になりますが、現在では、ご飯がおいしいと思えるようになるまで回復。痛いときは味を楽しむ余裕なんてありませんから。
ついでに批判根性もおさまりつつあり、「これは想定能力だ」と、考えを切り替えられるようにもなりました。
正しいポジティブ思考のおかげで、何をやっても満たされなかったネガティブ思考時代に比べたら、楽に過ごせています。
私もそうでしたから言えますけど、世の中には間違った認識のポジティブ思考をしている方が多いですよね。
お得ですよ正しいやり方は。安上がりな内容で幸せな気分になれますから。
私は6年間ずっと岐阜から京都まで通 っていますが、その距離が遠いと全く思わないほど、温かいサロンです。
最後にこのコラムを読んでいるあなたとルポマルディでいつかお会いできることを楽しみに しています。
まるで雑誌モデルか芸能人かとさえ思える友達の変身写真。しかも、ナチュラルでやわらかい表情…「私もこんな自分を見て みたい ! 」と、友達の紹介でドキドキしながら『ルポマルディ』を訪れたのはちょうど1年前の6月でした。だんだん美しく変化していく鏡の中の私に少し興奮しました。そして、写真になった私は今まで見たことのない美しさ! ! うれしい~~! ! ! 心の底から湧き出る感動を今でも覚えています !
私 「神田さん、メイクレッスンお願いします ! 」
神田さん 「う~ん…気持ちはわかるけど、今メイクレッスンにお金の投資をしても無駄だから止めた方がいいですよ。」
私 「えっ! どうしてですか?」
神田さん 「だって今あなたの顔がキレイになっても誰も見ないから。」
私 「ムッ!それはどーゆー意味ですか?」
神田さん 「つまり、はあなたの顔がキレイになっても人は太い体にしか目がいかないし、 あっ、太い人という印象しか持たれないということです。ほらよく見て!この写真も顔しか写していないでしょ。体が入ると急に写真の完成度が落ちるから、体は撮らなかったのよ!本当にキレイになりたいならまずダイエットをしないとね!最高の写真にならなかったことが残念で悔しわ!」
私は写真が大嫌い!それもそのはず、今まで生きてきて1枚もいい写真が撮れたことがない!私は人としゃべるのが大嫌い!私がしゃべると必ず「えっ、何?もう一回言って」と聞き返される。もう!めんどくさいな~~~!これ以上大きな声でえへん!私は人に見られるのが大嫌い!私を見る人に気付くと「きっと私が変やから見てるに違いない」とコンプレックスが広がっていく!
あ~いろんなことがめんどくさい!彼氏でもいたら楽しい生活になるのかなぁ~。と思いつつ、彼氏いない歴も5年目にさしかかった頃、友達に誘われたのがルポマルディの変身フォトサービスでした。「いややなぁ行くの。めんどくさい!どうせメイクなんかで変わるはずないし、おまけに写真撮る?絶対嫌!」そんな私をしつこく誘い続ける友達。そのうち「まっ、いいかヒマやし1回くらいやったら」というノリで重い足を引きずってルポマルディを訪れました。
当日、私は相変わらず無口。神田先生の顔もほとんどまともに見ていません。そんな私に構わず、あっという間にヘアメイクが終了しました。「えっ、こんなんでキレイな肌になったん?えっ、私の目なんでこんなにキラキラしてんの?」と鏡を見て固まっている私が我に返ったのは神田先生の元気で大きな声でした。「由香ちゃ~ん!はやくこっち来たら~!ほらどう?楽しいよ~やって見る?」先生が撮影用のバック紙の前に立ってまるでモデルのようにそして凄く楽しそうにポーズをとりながら私を呼んでいたのです。そして次の瞬間、私は吸い込まれるようにバック紙の前に立っていました。「そうそう上手い、いいよ、いいよ」と神田先生の元気な明るい声が聞こえてきて、気が付けば私も気分は雑誌モデル。「なんでこんなことしてるんやろ?」と思いながらも楽しくて体が勝手に動いているし、楽しくて大きな声で笑ってしまう。
「オーナーの哲学」ルポーマルディのサイトを見てそれを感じ取った。個人メイクレッスンをしてくれる場を求めてネット検索していたのは4月。元来、ノーメイクでも外出可能な顔の持ち主。それだけにメイクに興味を持つのが遅かった。「出来るけどやらない「出来ないからやらない」
この両者は似て非なるもの。メイクに関しては明らかに後者だった私。
そんな私が何故かある時思いついた。
パーソナルレッスンを受けよう、と。
「メイクレッスン」「パーソナル」「マンツーマン」 確かそんな文字で検索をかけていた。 何十件と並ぶサイト。
片っ端からチェックし、内容を見ていった。
どのサイトもそれなりの個性は出ている。悪くはない。
価格や時間を確認しつつ、気になるところは「お気に入り」へ。ルポ・マルディとの出会いもそこからだった。
私が「周りの人たち(家族、友達、知り合い、初めて会う人、しゃべったこともない人…etc)の反応が前と違う」と感じるのは本当に最近のことです。家族には、「前向きになったね」と言われ、 久しぶりに会う友達には「何か、あか抜けたな」と言われ、職場の人には実際の年を言うと必ず「若く見えるね。」と言われ、結婚式の二次会に行けば花嫁さんの次にきれいだと思えました。(ちょっと言い過ぎ… ?)
しかし、当の本人はすごく変わったとは思っていませんでした。確かに外見は「ルポ・マルディ」でメイクを習って自分でも見違えるほどですが、内面に関しては、「前向きになった」と言われても「これが本来の自分だから何も変わっていない」と思っていました。しかし、このコラムの依頼を受けたとき「今の私なら書けるかも」と率直に思いました。今私が本来の自分でいられるということは劇的な変化だと確信したからです。
昔の私というのは、今の仕事に就く前までの私のことです。その頃の私は何の目標もなく何の努力もしない、毎日人を恨み、妬 み、どうして自分だけこんなつらい目に会わなければならないのと愚痴をこぼし、毎日をどんより生きていました。「別にいつ死んだっていいや。こんな面白みのない人生」とさえ思っていました。それは、前述したとおり、一生懸命生きていたからでも精一杯仕事してもう悔いはないと思っていたからでもありませんでした。
私の育った家庭は、外面は普通の家族。 けれど内実は荒廃しきっていました。そこで私に刷り込まれたものは、「女性になりたくない」という意識。祖母や母といった、 私が最も身近に感じていた女性像は余りに受け入れがたく、成長と共に「女」に近づけば近づくほど実父の言動に危険を感じる。
「女性であることの喜び」を育むにはまさに劣悪な環境でした。「女性である」ということ以前に、「私は尊厳をもった人間である」という意識を育むことすら、難しい環境でした。
18歳で家を出て、20歳で資格試験をパスして就職。自分の食いぶちを自分で稼げるようになって心底安心した時、押し殺し無きものとしていた過去の記憶に、私は襲われました。
溜め込んでいたストレスは私の身体を蝕み、様々な病を負うことになりました。死を身近に感じた時、そこに転換点がありました。このまま治療をせず死ぬか、血反吐を吐いてでも諦めずに生きるか。
--私は生きる事を選択しました。闘病生活は、5年続きました。
そして家を出てから8年後、私はありきたりな日常の、変わらない毎日を手に入れていました。人間として生き、生きることを楽しみながら日々を送ることができるようになっていました。ああやっと、心底笑って生活できる。その喜びに浸りながら、いつしか新しい課題を見つけていました。
私は人間として楽しく生きているけれど、“女として”生きてはいない、と。
私の毎日、それは何となく過ぎていました。
生まれてから何かを一生懸命になって頑張った事もなく、何となく現在に至っています。
家族と同居していますので、身の回りのことを含めて、私に関わることは全て母親がしてくれます。
なので、私が何も出来なくても困ったことはありません。仕事も何となく続けていますが、『寝ること』と『食べること』以外の全部がめんどくさいし、エネルギーも湧いてきません。
たまには友達と遊ぶ約束をすることもありますが、待ち合わせの時間を守ったこともありません。それどころか、当日、気が進まなければ、ドタキャンすることもしょっちゅうです。
そのうち外に出ることすら面倒になっていき、私はいわゆる『引きこもり』状態に陥っていきました。そんな生活は益々わたしを堕落させ、緊張感のない生活が私の体をどんどん太く大きくしていきました。
30代後半にもなるのに交際歴なし。容姿に対するコンプレックスは子供の頃から。「お姉キャラ」で明るく振舞ってはいても、友人の結婚や出産の話を聞くたび、女性として愛されたことのない我が身を振り返って涙にくれることもしばしば。友人たちは「自信を持って」と励ましてくれるけど、いちども好きになってもらったこともなくて、どうやって自信を持てっていうの??
それがルポマルディに通い始める前の私。それでも何か努力しなくちゃ、まずはメイクを習ってみようか、とネッ卜で検索してたどり着いたのがこのサイ卜。私を強く捉えたのは、神田先生が努力で劣等惑を克服されたということでした。
静岡在住のため京都まで行くことには迷いがあったのですが、この先生ならメイクの技術だけでなく何かヒン卜をもらえそうな気がして、ルポマルディのドアを叩くことにしたのです。
私はどちらかというと体育会系で話し方も無愛想で『女性』というイメージからは程遠い存在でした。外見のコンプレックスは多少ありましたがそれを「どうにかしたい!」ということは全くありませんでした。
職場と家を往復する生活、たまに職場の仲間と食事をしたり遊んだりしても周囲と調和をとることにストレスを感じることも多く、時々そんな自分がおかしいのでは?と自己否定し孤独な感情に押しつぶされそうになることもしばしばありました。
そんな私がルポマルディの神田さんに会うことができたのは、唯一の親友2人のお陰。久々に会った時、もうその場は神田さんの話で持ちきり!「私たちどんどんキレイになっているの!」と誇らし気に瞳を輝かせている二人は本当に生き生きとしていてキレイでした。
その時の私はキレイになりたいというより親友が虜になってる神田さんという人に会って関わってみたいという気持からルポマルディに行ってみたいと思ったのです。
「はっはっはっはっは~、先生オモシロすぎ~」
「はははは~ふゆみちゃん、今のおもろい! めっちゃうけるわ~」
デトックスマッサージをしてもらいながら、私と先生はいつもおもしろトークで盛り上がります。そんな、おもしろく、ワクワクさせてくれるサロン、「ルポ・マルディ」での私の体験をお話しさせて頂きたいと思います。
私とルポマルディとの出会いは友人のこんな言葉からでした。
「ふゆみも知ってる○○さんが、最近、京都にあるデトックスマッサージのお店に大阪からわざわざ通ってるらしいのよ。
そこの先生がめちゃくちゃおもしろい人らしくって、○○さん、そこに行くようになってからものすごくパワーがあふれ出してきてるんやって!ちょうどいいやん!京都やし、一回行ってみたらどう?」「肩こりとか全身のだるさがほんまひどいからな~先生も面白いなら会ってみたいし!行ってみるわ!」おもしろい先生で、おまけに自分自身のパワーがあふれ出してくるマッサージってどんなんやろう!好奇心旺盛な私は早速予約の電話を入れて、そのお店に行ってみることにしました。
私は友人の紹介でルポマルディを知ることができました。その頃の私は自分に自信がなく、心も弱っていたので初めはメイクではなくメンタルなことで相談に行きました。
でもゆみ先生は私にとって本当に必要なことがすぐに分かったようで、私にメイクレッスンを提案してくれました。
でも私はその時、心の中で、心の問題を解決したくて来てるのになぜメイクなのか?という疑問と、今まで美容にお金を使ったことがほとんどなかったので、レッスン料金や姫路市から京都まで通う交通費など、金額的な問題にも抵抗力があり、すぐに始める気持ちにはなりませんでした。