シンプルがもたらす幸せ

輝くということ

  • 「深海に泳ぐ魚族のように自ら光らなければ何処にも光などない」
     
    これはわたしが最も尊敬する作家の大島渚さんの言葉です。
     
    人が輝くということは、他人が輝くために自ら光を放つことであり、自分が輝くための心がけは、人と自分を区別しないことに尽きると思います。
    これは、長い人生を生きて、わたしが得た最も尊い答えです。
     
    潜在意識は自分と他人の区別がつきません。だから他人の栄光を決して否定してはいけないのです。
     
    自分以外の誰かのために一生懸命になれる心を育てることは、もしかして私たち人間の生涯の課題なのかもしれません。それは、人の幸せを心から喜ぶことが自分自身が輝く唯一の方法だからです。
     
    ですが、輝きも、喜びも、他者に対する「愛」の形も人それぞれで、これが絶対に正しいという鉄則はありません。だから、難しいし、この難題を精一杯楽しめる自分にならないと。
     
    人に心を寄せて、心から誰かの幸せや成功を願える自分であり続けたいと願えば、目の前の出来事が全て学びになっていきます。
     
    日本には美しい四季があります。
     
    今の自分に何が起きていても、必ず季節は巡っているということを忘れずに、雨の日も、曇りの日も、正しい心がけをもつ自分を信じて、面白がって、心を伸ばしていきたいですね。

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わたしがメイクで表現する2つのこと

デパートの食堂、午後。
まだ幼い子供を半ば放置して、2人の若い母親同士が話し込んでいる。カラーリングされた巻き毛は少々水分に乏しく、爪にネイル、ブランドバッグといういで立ち。メンソールの煙草を灰皿いっぱいになるほど吸いながら、ダラダラと時間を費やしている。彼女たちが自分を美しいと感じていることはだいたい想像がつく。着飾らないお母さん仲間に対して優越感を抱いていることも…
夫の収入が良い専業主婦なのか、服装もヘアメイクもあか抜けている彼女達をわたしは最も汚いと感じてしまう。

誤解を招かないように話しておくと、煙草を吸う人を否定しているのではありません。ですが、母親の度を超す喫煙は子供の健康を害するだけでなく、自身の肌から生気を奪い、不潔感と不健康な印象をもたれてしまう。
また、他人の噂話や愚痴は自分を貶める行為で、実際はそうでないのに「わたしは無知性な人間です」と言っているようなもの。

美しい外見を維持するのは相当な努力が必要です。その努力を無駄にするのはとってももったいない。

逆に、忙しい中、子育てに走り回り、子供を乗せた自転車を汗だくになってこいでいる着飾らない母親の姿は、生命力と健康観に溢れ、眩しいくらい美しい。
おそらく子供にも良く語りかけ、夫とは、「子供のために規則正しい生活をすること」「子供の前では喧嘩しないこと」を約束し、子供の利発さが漂う。そんな健康的で知的な女性は、髪を巻いたり、ブランドバッグを持たなくても充分美しいものです。

わたしがメイクをするときに気を配るのは、「肌をキレイに見せること」と「目を大きく見せること」の2つです。2つ揃えば文句なしですが、肌さえ飛びきりキレイなら、まあ、目はよしとすることもあります。そして肌を美しく見せることは、女性を若々しく健康に見せることであり、大きな白目とよく動く黒目は、知的興味に満ち満ちていることを表すから。

メイクの仕事で、もちろんわたしも、お客様の髪を巻き、アイラインを引き、ネイルも勧めますが、デパートで見かける母親とは目的が180度違うのです。わたしがメイクで表現したいことは、「健康」と「知性」の2つです。