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実録「ブスはあかん!」(画像)
実録「ブスはあかん!」(物語)
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 読者キャリーの解説

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ブスはあかんスペシャル第6話 「生まれてきいひん方がよかった」

第6話コメント@
  「あ〜ん、あ〜あ〜あ〜、あ〜ん、あ〜あ〜あぁ〜、おかあちゃんのアホ〜、おかあちゃんのアホ〜!
  ひっく、ひっく、あ〜ん、あ〜あ〜、何でわたしを産んだんや〜、何でわたしを産んだんや〜あ〜ん、
  あ〜あ〜、生まれてきいひん方が良かった〜、生まれてきいひん方がよかった〜、
  ひっく、ひっく、あ〜あ〜ん、あ〜あ〜、お母ちゃんのアホ〜!お母ちゃんのアホ〜!お母ちゃんな
  んか嫌いや〜!!」


  「ハァ、ハァ、ハァ・・・ハァ、ハァ、ハァ・・・」

  民家の建て込んだ細道は、いつもより暗い闇に包まれていた。
  わたしはその闇に追いかけられているかのように、裸足のまま息を入れず夢中で走っていた。

  「ハァ、ハァ、ハァ・・・ハァ、ハァ、ハァ・・・」


  家に着くなり、冷蔵庫の上の戸棚に上りついて食べ物を探した。
  干からびたパンの欠片をわし掴みにして、むしゃぶりつくように一気に口に押し込んだ。
  「ゴホッ、ゴホッ、」
  止め処なく込み上げてくる涙。
  あの暗い細い路地をどのようにして駆けて来たのか記憶すらない。
  悲しい、ただただ悲しかった。


  わたしは悔しさと、惨めさに、泣きじゃくっていた。まだ5歳だという幼さが痛々しい。
  母が帰宅したのはそれから4時間ほど経った夜の11時頃だった。いつもの時間だ。

  「何泣いてんにゃ!」

  わたしは泣き腫らした顔を上げ、母の顔を見た。

  「ひっく、ひっく、預けんといて〜!わたしのこと何処にも預けんといて〜!嫌いや!みんな嫌いや!
  今日、シーちゃんにお金30円盗られたんや、ご飯の時、シーちゃんのおばちゃんに盗られたお金返し
  てって言うたら、そんなこと言うんやったら今日のおかず代払い!って言われたんや、何でなん?わた
  し間違ごうてないやろ?悪いのはシーちゃんやろ?わたしまだ子供やのに、お金持ってへんこと分か
  ってて、なんで大人が子供にお金払えって言うん?
  なぁおかあちゃん、何でなん?あ〜ん、あ〜あ〜、ひっく、ほんで腹立つし、ひっく、お膳ひっくり返し
  て、ご飯なんか要らんわ!って言うて走って帰ってきたんや!


  おかあちゃん、お金ないんやったら、わたし飯食べられかっても構まへん!そやからわたしのこと何処
  にも預けんといて〜、もう預けんといて〜、あ〜ん、ああ〜ん、ひっく、ひっく、わたし何も悪いことし
  てへんのに〜、あんなこと言われるんやったらお腹空いて死んだ方がましや〜、あ〜ん、ああ〜あ〜、
  おかあちゃんのアホ〜何でわたしのこと産んだんや〜」


  「うるさい!お前はホンマに子供らしいとこ、ひとつもない!」
  「あ〜ん、ああぁ〜ん、あ〜ん」
  「泣き止め!うるさい言うてるやろ!また叩かれなわからへんのか!!!」

  「痛〜い!痛〜い!あ〜ん、あ〜ん、やめて〜痛〜い!」
  「泣きやめ言うてるのが分からんのか!」
  「痛〜い!痛〜い!おかあちゃんやめて〜痛〜い、あ〜ん、あ〜あ〜、
  お母ちゃんのアホ〜!わたし悪いことしてへんのになんでいつも叩くんや〜!
  もう嫌や〜、もう嫌や〜、生まれてきいひん方が良かった〜、あ〜んあ〜ん、
  わたし生まれてきいひん方がよかた〜、何で産んだんや〜、おかあちゃんのアホ〜!」


  案の定、母には何を言っても通じなかった。言えば言うほど母が逆上することも、言う前から分か
  っていた結果であった。
  幼いわたしにとって、母の暴力は血の凍りつくような恐怖だったが、全身震えながらも、納得いか
  ない大人の行動に、気持ちを言わずにはいられなかった。

  考えてみればこの出来事が、わたしがこの世に「生」を受けた意味を真剣に考えるようになったき
  っかけになったのかも知れない。

  この物語を書くと決め、初めて幼少期に退行した時、確かな覚えも薄れていた記憶が、まるで
  映画のシーンのように蘇った。
  どのシーンを見ても、わたしはいい子だった、そして孤独だった、そしていつもいつも、この時のように、
  わたしの思いが報われることはなかったのだ。

  貧しさがこの悲しく歪んだ親子の関係をつくりあげたのか?母の性格なのか?未だ解らない。
  ただわたしはこんな小さな頃から歯を食いしばって生きてきたのだ。早く大人になりたい!大人
  になったら自分の力でこの地獄のような世界を抜け出してやる!そう思わなかった日はなかった。


  クリスマスや正月、遠足や誕生日など、子供なら誰もが嬉しいはずの特別な日も、
  わたしにとっては悲しい日でしかなかった。

  正月という日は、わたしが母に毎年同じ理由で叱られる日だった。


  「ゆみちゃん、おめでとーさん、これお年玉やしな、なんか好きなもの買いや」
  「うん!ありがとうおばちゃん、ホンマにありがとう!あっ、おばちゃん千佳ちゃんは?何してるん?」
  「あ〜千佳かか?これから家族で初詣に行くねんよ。ゆみちゃんは?」


  「うん、わたしもおかあちゃんが後で連れていってくれはるねん!」

  「そーか、ええな〜、今日はおかあちゃんと一緒なんやな、ホンマにゆみちゃんは賢い子やな、おば
  ちゃんとこの千佳は甘えたやし、ゆみちゃんと偉い違いや!ゆみちゃんみたいにしっかりしてくれたら
  おばちゃん嬉しいねんけどな〜」

  「うん!おかあちゃんもわたしのこと誉めてくれるときあんねんよ。おばちゃんほなな、ありがとう!」
  わたしは重い足を引きずりながら、今帰っていく家に母が居ないことを祈り続けた。


  
  「おかあちゃんこれ、千佳ちゃんのおばちゃんがくれはった分やし…はい」
  「また、表うろうろしてたんか!正月はうろうろしんと家でじっとしとけって毎年言うてるやろ!
  なんでお前は言うこときかへんにゃ!何してんにゃ、グズグズしんと早よその金こっち貸し!
  こんなもん貰ろてきたら、返さなあかんのに!何べん言うたら分かるや!アホ!!!
  その金足して隣の子にお年玉渡すし、お前は無いからな!
  こっちは一人分しか貰えへんのに、二人も三人も子供いる家ばっかりで、ホンマに貰ろてきいひんか
  ったら返やさんでもええのに!子供なんか、いいひん方がええわ!」

  「おかあちゃん堪忍、わたしもう表行かへん、ずっと家にいるし、怒らんといて・・・」
  母の顔色を窺がうこと、謝ること、それはわたしが潜在的に身につけた防衛反応であり、
  母の怒りを沈めることは、わたしが果たさなければならない義務だと思っていた。



  「ちょっとこっちおいで、これ着てみ、はぁ〜、紋日になったらホンマに貧乏するわ。」
 

  「いや〜おかあちゃん、着物やな、これ買うてくれたん?これわたしの着物なん?ありがとう!
  ありがとうおかあちゃん」

  「寒いしこれしとき」

  「うん!おかあちゃん、この風呂敷お花の柄やな〜、お花やな!綺麗やな〜、かんざしもいっぱいやな!
  そやけどちょっとかんざしいっぱい過ぎひんか?わたし頭重たいわ…」

  「ええねん!紋日に滲みたれた格好してたら近所の人間に舐められるし、重たかっても辛抱しとき!」
  
  母は眉間を寄せて、溜息まじりにそう言った。
  


  母、神田悦子という人は、世間の母親が我が子の為にするようなことは何ひとつわたしにしてくれな
  かった。子供の育て方も知らない、人の気持ちも理解できない、母性や理性とは無縁で、
  ただ下品で激しいだけの人だった。

  
  しかし、彼女は人間の弱さ、嫉妬、虚栄、陰惨、絶望…・・
  わたしにその醜さを、様々な色合いに変えて、全てを曝け出して学ばせてくれた。

  彼女が本音と建前を使い分けることなく、「悪」を貫いてくれたことがせめてもの救いだったの
  かもしれない。わたしはそのお陰で、これまで一度も迷うことなく 
  "母のような人間には絶対になるまい!" と日々魂に刷り込んでいくことが出来たのだ。

  あまりにも哀れな形ではあるが、わたしを強い人間に育ててくれたのは紛れもなくこの母であった。

                                     つづく・・・




  

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